(お父さん) 猫が削った建具の補修


ニャンコのいるうちあるあるで、ニャンコは決まった場所でツメ研ぎする。
たいてい、イチバンやってほしくない場所から順番に。
ちょうどよくひっかかりがあって、研ぎごたえ(?)のある場所がお好みのようだ。

うちでは、ツメを切らせてくれないアメショのモモコがあちこちで爪研ぎ。
リビングへ入る引き戸は人間も猫もイチバン通る動線上の建具だが、ここがモモコのお気に入り。
ふと気がつくと、木がだいぶ削れてやせるほど。
さすがにここは止めさせないと、ということで補修することに。
まずは戸を外して屋外へ。
昨日買ってあった紙やすりでささくれを削る。
いやあ、白い紙やすりって、多分初めてなんだけど、昔から白かった?
というわけで、あらかた削ったらタワシで粉をはらって下地処理終了。
これまた昨日買ってあったパテを盛る。700円くらいだったかな。
どうせ後でけずるので、表面のことは気にせず、盛る。
2時間くらいで固まるので、紙やすりで整形
ちょっと色があれだけど、塗装は来週以降として、爪とぎ防止シートを貼る。
粘着力がまったくなかったので、画鋲で固定。ださい。しかし、これでネコは研がなくなる。

多分、違う場所でまたツメ研ぎするようになると思うけど、とりあえず、
ここはもう止めてね。モモコ。

<おまけ>

パテ乾燥中に某サタケさん来訪してくれて、今朝死んだ給湯器の代わりにお助け給湯器に交換。
ちゃんとしたのに交換も近日中とのこと。
「いつ壊れてもいいように、次のヤツ、買ってあっから。全てオレのシナリオ通り」だそうで。
(つづく)
多分、うちのネタが某blogに掲載される日も近い。

(ネコ) ぐーぐーのこと


2010年7月、彼女は十番の母が拾ってきた。
(十番の母=学生時代のバイト先の店のおかみさん)
十番の母の家には既に二桁に届く数の猫がいたので、どうしようか、ということに。
一度拾ってしまった猫を再度捨てるなどできるわけもなく。
猫だか鳥だかわからない白い生き物の行き先は、身内同然で既に2匹の猫がいるウチに
白羽の矢がたったのは自然なことだったのかもしれない。
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家族3人で引取りに行って来た。家に戻って体重測ったら70gしかなかったよ。
スポイトでミルクを1cc単位で飲ませ、おしりをふいてうんちさせた。
名前は「ぐーぐー」にした。
小泉今日子さん主演の「グーグーだってネコである」から頂いた。
そう、こんな子でもネコである、という意味だ。
ピーピー泣いてたこの子も、だんだん猫の形状になってきたが、目のまわりやら
頭の形やら、ちょっと普通の子と違っていた。
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これまでうちに来た猫たちの3ヶ月目と明らかに成長の度合いが遅い。
きっと、すごく早産で、親猫が諦めたんだとみんなで話していた。
とはいえ、だんだん大きくなって歩くようにはなったが、走ることはなかった。
ジャンプもできず、床の高さを水平に移動するしかできない子だった。
ちょっとビクビクしてて、目が見えないのか、耳が聞こえないのか、知覚系に
きっと問題があったのだと思うが、ちゃんと玄関にある餌のお皿まで歩いて行くし、
自力でご飯食べるし、お風呂の洗面器から水を飲むことも先輩のマネをして
できるようになったので、ある程度は見えたり聞こえたりしてたんだろうけど。
ときどき癇癪を起こして、興奮してうーうーうなることもあった。
最初はびっくりして、どうしようと思ってたけど、最近では慣れて、
はいはい、そんなに怒らないの、とあまり特別視しなくなっていた。
冬場はぬくぬくするところが大好きで、日向のカーペットの上や、ストーブの
すぐ目の前でひげをヒヨヒヨさせながら寝るのが好きだった。
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小さい頃、しばらく畳でおしっこをして、困らせた。畳の部屋には入れないようにした。
最近では、おしっこは専用のトイレでするようになったが、うんちは時々、
トイレ代わりのケージの周りの床にしてた。
朝起きて、カーテンを開けるときに踏まないように慎重に床をチェックする必要があった。
だっこが好きでだっこすると、うっとりして、しばらく撫でられているけど、
飽きてくると、もうおろせ、と脚をばたばたさえてアピールした。
彼女が我が家でちゃんとした猫として生きていられるのは、震災の直後、
腎不全で亡くなったアメショのクリクリがだいぶ世話をして、面倒を見て
あげたからだと思う。
おかあさんのように、ぺろぺろしたり、いっしょに寝たりしていた。
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クリクリがなくなってからは、ちょっと寂しそうだった。
2月の12日、家の中のちょっとした段差から落ちて、ものすごくびっくりして
動転した時に、水頭症だった頭の中で何かが起きてしまったようだ。
激しく走り回ったあと、倒れて痙攣したり、と明らかに様子がいつもと違う。
後ろ髪惹かれる思いで出張に行った。
嫁さんと娘はそれから、和室で一緒に寝ていたらしい。
バレンタインデイの朝、人間が起きたタイミングで大好きなストーブの前に抱いていき、
昔みたいに、スポイトで水をあげたら、ちゃんと飲んで、しばらくしたら、
息をしていなかったらしい。2歳半だった。
バンコクいたオレの携帯が、嫁さんからの着信で鳴ったとき、あぁ、ぐーぐー、
ダメだったんだな、ってわかった。出張中にFacetimeはしたことはあっても、
通話で呼ばれたのはこの時だけだった。
彼女は自分のママのおっぱいを飲んでなかった。
彼女は自分のママのぬくもりの中で寝たことはなかった。
彼女の家族はうちの家族だけだった。
だんだん距離感をつかんで、いい関係になったと思い込んでいた。
でも、彼女の体の中ではいろんなことが起きていたのかもしれない。
でも、本当にキレイでかわいい子になったんだよ。
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今日になって(ぐーぐーが亡くなってから10日ほどすぎて)、改めて嫁さんと
話したのは、いわゆる健常でない子供が明日うちに産まれても、
絶対、全力で育てていける自信がついた、ということ。
本当に可愛いと思って愛せる自信がついたこと。
ぐーぐーがうちにいた歴史には意味があったと本当に思う。
もしかしたら、人間の個性の強い子がうちにいたら、いま想像してるよりも
大変なことはあると思うけど、フツーの子と違うだけで
優劣もなければ、まして善悪もないことは、身を持って体験したと思う。
話を戻すと、ぐーぐーは本当に可愛かった。本当に可愛かった。
うちに来てくれて、抱っこされてくれて本当にありがとう。

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