(Run) バネッサ2000日連続Runを祝う

ランニングをしない人にはわからないと思うんだけど、ランニングは、年齢も性別も職業も国籍も関係なく、話ができちゃう共通言語になる。

例えば今日の午前中は、根岸森林公園でインターバルRunしてた。
きっかけは、上大岡の立ち飲み屋でたまたま隣で飲んでた人と話をしたことで、昨年夏から毎週土曜日にこのトレーニングに参加するようになった。不思議だけど、不思議じゃないんだよねー笑。

そればかりでなく、この仲間のWebサイトの構築のお手伝いをしたりして、本当に出会いって不思議だし、走っててよかったと思う。

そして、今日の午後はFacebook上のランニングクラブである「焼き鳥RC」のバネッサさんの2000日連続Runのゴールに立ち会うという体験ができた。
このクラブも元々はクルマ関係の仲間からの紹介で入れてもらったのだった。

バネッサさんは6年前に、乳がんとなった親友の女性を元気づけようと自分が走ってる姿の写真を撮って送ったところ、彼女から「少し元気になった」という返事があり、それから彼女を思って毎日走り始めたそうだ。
その後、1000日のお祝いの時には、盛大なお祝いがあったらしい。
親友の彼女も一緒にお祝いしたんだって。

そして、昨年、彼女自身も乳がんが発見され、手術をしたとのこと。
主治医も彼女の連続Runのことは認識しており、手術翌日は院内でのRunを許可したりして、バネッサの連続Runは途切れなかった。

自分自身もがんを体験したバネッサは #outruncancer というハッシュタグで
走ってがんを吹き飛ばそう(ちょっと違うかもだけど)というムーブメントを起こそうとしている。悪性腫瘍を経験しているオレは100%フォロワーだ。

Tokyo Free 10」という団体も今日は一緒にお祝いした。
スタート自由、コース自由、だけど、ゴールは一緒にしようという走り方。
バネッサによると、この走り方はがん治療と相似だ、と思えると。
スタートはいろいろ、治療方法もいろいろ、だけど、ゴールの「治癒」はみんな一緒ということ。これもagree だよん。

今日は黄色い服を来て16:30に外苑のゼロkmポイント集合ってことだけ決まってた。
東京体育館で黄色いシャツに着替えて外苑を5週してバネッサを待つ事に。

Relive ‘バネッサさん2000days記念’

10分前は数人だった黄色い人たちは、集合時間には20人以上になり、その後,外苑を一周する間にさらに増えた。ゴール後にここに書いたエピソードをバネッサが日本語と英語で説明してくれた。
そして、その後は体育館内にあるGoodMornigCafeというお店で乾杯。
飲み放題のハートランドをたらふく頂いたわけだ。

長くなったけど、バネッサの2000日RunのGoalに立ち会えたこと、本当にうれしかった。

そして、こんな体験ができるのは、ランニングをしてたからだな、と思う。
遅いんだけどね(それが問題)。

(Run) 神奈川マラソン出場

確か申し込んだのは、8月くらいだから、心臓手術すなんてまったく
想像してない頃だったはず。とはいえ、手術後のリハビリもそこそこ
できたので、出場することとした。公式サイト

会場はJR根岸線磯子駅の海側の日清オイリオの事業所がスタート・ゴール。
スタート地点ではRun仲間のはらぼーと遭遇。

いつも走ってる磯子の海釣り公園と杉田の東芝の事業所を往復するコース。

いろいろ考えたけど、徒歩で会場入り。30分でついちゃった。
この大会はゼッケンが事前に送って来なくて、ハガキを持参して当日、現場で
ゼッケンがもらえて、その場で装着。ノベルティは食用油だよ。

走行するうちの根岸森林公園のTMクラブのメンバーが集まりはじめて、
意外に高い気温の対策を相談するなど。

スタート1時間前にトイレを済まして、30分前にスタートの列にならぶ。
スタート直後からちょっとトイレ行きたいなーと感じていたが、海釣り公園で
折り返したあたりで、すっごい行きたくなってきた。スタート地点でもある
日清オイリオの工場に駆け込んだが、トイレ、すっごい遠い(と感じた)。
数分のロスのあと、コースへ復帰。

トイレでペース乱してしまったのと、前半飛ばしすぎてたらしく、後半
激しく失速。もう、バテバテでゴール。
とはいえ、TMクラブの方が沿道で応援してくれて、自分の名前を呼んで応援
してくれるのは、本当にうれしかったのと、ちからが沸いた。
ありがとうございました。

数日経って送られてきた完走証がこれ、タイム悪いけど、今の実力と思って
これから少し真面目にトレーニングしよう、かな、と思っている気がする。

(お父さん) 「はれのひ」詐欺

娘が今日、成人式だったこともあって、「はれのひ」の計画的詐欺には
本当にアタマにきている。ネットで調べてわかる範囲でいうと、
「はれのひ」のサイトがあったドメインは「harenohi.co」というコンガって
国のドメインだよ、これ。 .co.jp でも .com でも .jp でもなくて、
.coなのよ、普通ビジネスで使わないよね。
オーナー情報は隠されていて、GMO(お名前.com)で取得していることだけがわかるだけ。
コンガドメインのサイトで日本の成人式の着付けですか、しかも高額な。
そして、サイトのコンテンツ全部削除されてて、GMOのエラー画面が見えるだけ。
完全に計画的だな、これ。

ちなみに、うちの娘が頼んだところは後払い。
もし、先に払えって言われたら、個人的に与信したと思う。海外旅行とか、
エステとか、高額かつ役務の提供が先になる場合の費用の支払いについては、
業者がトンヅラする可能性があることを理解した上での契約が必要って、
理解しようよ。
騙された方が悪いとはまったく思ってないし、本当に気の毒だけど、
「早く払うと安くなる」とか「商品が手元に来ない」とか、
「高額なものを預けた場合のエビデンスがない」とか、そういう時は
「これは何だかおかしいぞ、確認しよう」ということに考えが及ばないことは、
残念ながら失敗だったようにも思う。
晴れの日を演出してくれると言って擦り寄る人にも悪人はいるってことだね。
自分で自分を守るためにも、感度は高くないといけないと思う。

(お父さん) 不整脈治療でカテーテルアブレーション手術を受けた

26歳の時に大きな病気をして26年後、また病気になった。
病名は「心房粗細動」。わかりやい症状は「不整脈」。
仕事中とか、夜寝てる時とか、なんだか鼓動がやたらと速いタイミングがあるのは薄々気づいてた。
まあ、いい歳だし、ある程度の不整脈は仕方ないだろう、的な理解で放置してた。
ここ数ヶ月、発生頻度が増えた気がして。日に数回ドキドキするようになってた。
恋かな、とも思ったけど、ちょっと相手に心当たりがなかったので、いつも喘息の薬を処方してもらってる会社の隣のクリニックへ。
ホルター検査という24時間心電図を取るセンサーをつけて計測してみたら、一発で症状を確認。この頻度はちょっと看過できない、ということで治療することに。
左心房の動脈の周りで不正なパルスを出して鼓動を乱す因子がいることは判明しているらしく、そこをレーザーで焼いてパルスが届かなくすれば治る、という「アブレーション治療」というのが確立されていて、これを受けることにした。

病院はクリニックに紹介してもらった八景島シーパラダイスの隣にある横浜市立大学附属病院
事前に2回外来に通って検査と説明など。
もともと予約をしておいた月曜日に入院、手続きとそれまで飲んでた薬を受付で渡す。

病棟の人が迎えに来て、ベッドへ案内され、早速心電図モニター装着。
病室は八景島の海が見渡せる9階の4人部屋。
それにしてもこの病院、携帯で通話をしていい場所は限定されているが、病室で携帯もPCも自由に使っていい。しかも、電源タップまで無料で
貸してくれる。充電し放題、仕事もできちゃうじゃないかー。

すでに心電図が乱れまくっている様子が見て取れる。

初日はレントゲンと心電図を取ったら、あとは経食道エコー検査といって、食道から超音波カメラを入れて心臓に血栓がないかを確認。

結構つらい検査らしいけど、麻酔で寝てる間に終わっちゃったので、全然つらくなかった。

検査から戻ったら、こんな連絡板表示が。

ああ、そうですか、尿道バルーンですか、そうですか。憂鬱だなあ。
そして、うちの娘の似た背格好の看護士さんが電動シェーバー持ってきてくれて、「剃毛をお願いします(にっこり)」と。セルフでやるのか。
2階のコンビニで石鹸買ってきてシャワールームで自分でウイーンと。
詳細は割愛するが、つるつるにはならず、カテーテルを刺すあたりだけキレイにしてあとは適切なレベルで。
部屋に戻ったら看護士さんに「ちょっと確認します(にっこり)」と言われて確認してもらい合格をもらう。

少年のようにさっぱりしたキモチで、仕事のメールとかして初日は消灯。

明けて火曜日。病棟の朝は早い。隣のベッドのおじさんなんか、もう、4時くらいから起きてる。
まあ、9時消灯だもん、そうなるよなあ。6時になったらばっと電気着けてかってに起床(100kmハイクのアレを想像して欲しい)。
ほかのおじさんふたりも起き出してきた。
検温、血圧測定のあと、朝食を待ってたが、朝食抜きと気づいたのは先生が来た時。
あわててクスリのんで、儀式を実施。痛いよう。

そのまま9時の手術開始に向けて手術室へ移動だけど、え、自力で歩いて行くの?
この管入ってると歩く振動が響いて痛いんだってばー。ソロソロと歩いて移動。

乗って帰る予定のストレッチャには乗せてくれないらしい。

緊張気味に手術室へ。

手術台に横になったらテキパキとセンサー着けられて、両脚に血栓発生防止のマッサージ機みたいの巻かれて、紙かけられて見えなくなって麻酔されて寝ちゃったけど、右鎖骨下からと、左右の脚の付け根からカテーテルいれられてグリグリされてた感覚がしたのはうっすらとした記憶。
グリグリよりも麻酔の注射が痛かったなあ。
後から聞いたら、右脚の付け根からは3本の太いカテーテルが入れられて、心臓右心房の内壁の130箇所を焼いたとのこと。手術は9時開始、14時終了。
大体終わったところで起こされて、「ワンツースリッ」ってストレッチャに移されて病室へ。なんとなく意識はあったので、パターン分けして3つ書いてあったfacebook投稿用の原稿のうち、成功パターンのやつを投稿。
これから始まる6時間の動いてはいけない絶対安静をお友達の声援で乗り切ろうという作戦。これが的中して、かなり元気出たし気も紛れた。
声援をくれた友人たちに感謝。

6時間動かないで仰向けで寝てるのって、まじでツライのよ。
「動かない」のと「動いちゃいけない」の差は結構でかい。
腰とか完全にイヤになっちゃうし、気分悪くなるほど。
26年前もカテーテルで造影剤入れて検査したから初めてではなかったので余計ツライの知ってるから最初からここがキモだってわかってたさ。
麻酔できないからな、ここは。

左側臀部は26年前の傷があって、もともと血行が悪いので、この安静はだいぶ辛かった。左脚の付け根は細いカテーテルが一本だけだから、4時間後には膝を立てる許可がもらえて気分的も楽になった。右脚の付け根にはは太いのが3本入ったらしく、時間短縮は不可とのことだった。
そうこうして6時間の安静をクリアし、止血も確認され、寝返りまでOkに。
それにしてもあの管が違和感満載。
あと血栓防止のマッサージ機はずっとグイングイン動いてて近所迷惑な感じ。

寝たり起きたり、スマホいじったりしてようやく朝に。3日目。水曜日。
検温とか血圧測定とかしてたら、先生が来て、カテーテル刺したあたりのガーゼとテープ剥がしてくれたけど、これが、超強力で一部出血。あうう。
そして問題の管を抜いてもらって人間の尊厳を取り戻した。
同時に点滴の針も不要となって、残るは心電図モニターだけに。
10時までにレントゲンと心電図を取るために違うフロアに行くのに車椅子に乗せられた。安静が必要とのことらしい。これらを終えたら、「今日はもうイベントありません」と言われて仕事のメール処理開始。
完全にリモートワーク状態。
昼前に先生から明日退院を告げられた。
今回は「転移」とか「5年生存率」みたいな物騒な話しは一切ないので、本当にキモチが楽だ。

同室の方々は皆さん年齢的には10~30歳くらい上の方々で、初期の喉頭がんの方たちだった、となりのベッドのおじさんは抗がん剤で吐いてたり、向かいのベッドの叔父さんは明日手術だそうで、そわそわ落ち着かない。
なんども手術時間を確認し、家族の到着時間も確認したり。わかるわかる。
不安だよなあ、首のあたり切られるんだから。
大丈夫、オレも昔がんだったけど、今回はがんじゃなくて心臓だし、きっと治りますから、と先輩たちをなぐさめたりしてね。

3日目のランチは金沢八景ならではのシーフードパスタ(違)

午後もパソコン見てたら、明日の会計の概算が到着して目眩しそうだったけど、
動悸はなかったので、手術の成功を確信したなど。

4日目木曜日の朝、

波形も数値も正常と確認され退院。
食事の数分後にバクバクしたり、寝てて急にドキドキするなんてことは手術以来、一度も起きてないので、手術は成功しんたんだと信じて。
成功率というか寛解率は70%で、2回めをやる人もいると聞いてたのだが、それはなさそうな予感がしてる。

この病気の要因は遺伝とストレス。
手術を決めた頃、父親へメールで確認したところ、彼にも不整脈があり、いろいろ治療を受けていたことが判明「すまんすまん、お医者さんから息子たちへ言っておくよう言われてたんだったよ」って、遅せーよ(笑)
ただ、彼はアブレーションまではしてないらしい。当時はまだ手術方法が確立してなくてリスクが今よりたかかったからとのこと。
お詫びのつもりか、ここ数年の神奈川県内の病院のアブレーション手術の実績データとか調べて来て、その病院で本当にいいのか?とか言って来たり。
3日目に見舞いに来たが、全然普通なオレを見て拍子抜けしてた。

さて、26年周期での大病ということなら、次は78歳の時の予定だが、それまで生きてるかな、オレw

<まとめ>
・医学の進歩ってスゴイ
・病院のIT化もすごい
・じいさんは入院するとダダっ子少年になる
・布団にネコいないと寂しい

(後日追記)
経過観察で診察を受けた時に、電子カルテで心臓への照射位置の画像を
見せてもらった。画面の撮影はOKだったので、撮ってきた。
こんな感じ。

(お父さん) 串かつ田中さんへのお願いが聞き入れられた

このblogのタイトルにある通り小言ばかり書いている。
そこには根拠のないオレ様ルールがたくさんあることも十分自認はしているが。
今回の件にしてもURLなんて、正しい(と思われる)スペルで書く義務は1mmも
ないのは周知の事実。kamioookaでなくてもshop033でもkmokでも何でもいいし、
これは運営会社のポリシーなんだから、まじ外野黙ってろって話なのが正解。
そこへ持って来て半分ネタで直接メールをしてみた。

ヘボン式なら、正しい表記だ、という意見もあったが、いずれにせよURLに
正しく地域名を表記する義務は串かつ田中さんには絶対にないはずだ。
とはいえ、田中さんからはテンプレ回答メールは頂いてて、これでおしまい
だよな、とは思ってた。

ネタはネタで置いておいて、勤務先の近所の五反田店にて、記念の食べ放題・
飲み放題コースを頂いて完敗(ラストオーダー前に全員満腹)だった晩、

あまりにも腹一杯だったので、二次会にも行かず家に帰ったら、昨日の投稿の
リンクがリンク切れになっていて。
おかしいな、と思ったら驚愕の事実。

串カツ田中さんのWebサイトにて

リンク切れ:http://kushi-tanaka.com/restaurant/detail/kamiooka
今のURL:http://kushi-tanaka.com/restaurant/detail/kamioooka

串かつ田中さん、偏屈なクレームおやじのお願いを聞いてくれてURL直してくれましたー!
まじかー!串かつ田中GJ!もう、毎日通う!(うぞ)ちょっと鳥肌たった。