(時事) 緊急度と重要度


なかなかいいネタがなくてblogの更新が滞りがちだったが、最近じんわり考えていることを書いておく。
もうね、自分に振られたタスクの重要度と緊急度を考えてプライオリティをつけろ、なんて話はいろんな本に書いてあるだろうし、いろんな研修で教わるからみんな頭ではわかってるんだろうけど、どうしても人間ってーのは緊急度の高いタスク(話題)に引っ張られて(注意が行ってしまって)、重要度が高いにもかかわらず放置されているタスク(話題)がどうしても多くなる。だから重要度の方を意識すべきだよねーということを学ぶチャンスはいくらでもあったはず。
しかし、多くの人々(オレも当然含まれる)はぼーっと生きてるので、緊急度の高いネタをクリアしたら、あとはぼーっとしてるだけだ。
喉元過ぎれば、なんとかの法則だ。
だけど、ある日、重要な問題が顕在化した時、それまでこなしてきた緊急度の高い問題と同じように小手先で解決しようとしてしまうが、当然解決などするわけもなく、キーーーーってなってる日本人のなんと多いことか。あ、日本人に限らないのか。
皇族の女性が結婚相手を決めるプロセスだったり、国会議員が経費としてもらうお金のことだったり、コロナに対する国の政策決定のプロセスだったり。
結果として、トンビが油揚げをさらっていくし、日割りだけど領収書不要みたいな100点満点でいえば2点みたいな改革(微修正)があったり、現場感のない3回目摂取が決まったりするだけ。
重要ではあったにもかかわらず、「まあ、明日困ることじゃないから」と言って放置されてきた物事の緊急度がちょっとあがっただけで急に騒ぎ始める。そしてどれもこれも「昨日今日始まったことじゃないから」って言って直せない理由をこじつけて、結局、重要なタスク(問題)が結果として放置され続けてる。どうなってるんだ、ニッポン。
みずほ銀行のシステム障害の問題は顕著だけど、これに相似した大企業のお粗末事案は身近にもたくさんあって、ため息をつくばかり。だから、自分ができる範囲で重要度の高いテーマへの注目と解決への着手はしようと思う。当然、皇族の問題にも国会議員の問題にも国策にも影響を与えられる行動はできないけれど、手が出せる重要度の高い課題は看過せず、目を向け、対応していなかいといけないと思う次第。あ、政治家にはならないよん笑。

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